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Web連載 かとちえの短歌ストーリー 【連載終了】
第3回 かとちえの短歌ストーリー テーマは“水族館”

<ご挨拶>
こんにちは、加藤千恵です。

北海道(旭川)で過ごしていた頃、四季という感覚はあんまりなくて、
季節は夏と冬だけで構成されている感じでした。

なので東京に来て、デパートなどで春物が並んでいるのを見て、
自分の服に、春物という概念がなかったことに、ちょっとショックを受けました。

その反動のように最近は、春物を見るとついつい惹かれたり買ったりしてしまいます。
ちなみに今年狙いをつけているのは、サテンジャケットと深緑のトレンチコートです。
繰り返しますが、サテンジャケットと深緑のトレンチコートです。

と意味のないアピールを終えたところで、今月の作品にうつります。

<今月の作品> ~第3回テーマ「水族館」~


  ガラス越し

 水族館に行こうよ、と言い出したのは彼のほうだった。

「水族館? どこの?」

「前に行ったあそこ。で、帰りにタルトのお店寄ろう」

「あー……、うん、いいけど」

「けどって何だよ。大体さあ」

 わたしと目が合って、彼の言葉が止まる。目をそらしてから、行くなら準備しちゃおうよ、と言う。

わたしも、彼が言葉を濁したのと多分同じ気持ちで、大体なんなのとか、

自分だって微妙な返事すること多いじゃんとか、浮かんだ言葉は口に出さなかった。

うん、とだけ返して、支度にとりかかる。歯を磨くために立ち上がった。

 休日の水族館は、家族連れでにぎわっていた。

家族5、カップル3、女同士1、不明1、男同士0くらいの割合だろうか。

どう思うかを、隣でパンフレットを眺めている彼に聞こうとして、やめた。

代わりに別の言葉をかける。

「なつかしいね」

「久しぶりだよなー。こないだは2年くらい前だっけ」

「そんなに経つんだね」

 こちらにはまるで興味のない素振りで進むマンボウや、裏側が顔みたいに見えるエイ、

見ていると目がちかちかしてきそうな熱帯の魚。

わたしが立ち止まるのにも関係なく、さっさと歩いていってしまう彼の背中を気にしながらも、

示された順路どおりに進んでいく。見た水槽の数に比例するように、前に来たときのことをはっきりと思い出していく。

 付き合って間もない頃だった。季節は夏で、彼は淡いイエローのTシャツを着ていた。おそるおそるという感じで、手をつながれた。

手のひらが少し汗ばんでいることが、ものすごく恥ずかしかった。

魚ひとつひとつに対して、こいつはすぐに食われそうだなとか、おいしそうに見えないとか、

意味のない勝手なコメントを繰り返しては、くすくすと笑った。

「ねえ」

「え、何?」

 すっかり回想にひたっていたので、突然話しかけられて驚いてしまう。

同時に、この人はわたしの存在を忘れてたわけじゃないのか、とも思った。

「アナウンス聞いてた? ペンギンのごはんタイムやるって。見に行く?」

「うん、せっかくだし行こうか」

「ん」

 聞いておきながら、大して興味を惹かれていない様子で彼が答える。

どうしてなの、と言いたいような気持ちになった。水族館だって、もともと、そっちが言い出したことなのに。

そんなに楽しくないんだったら、家で雑誌でも読んでればよかったじゃん。

 何も言わないまま、わたしたちはペンギンエリアへと進む。途中、つながれることのない右手を、ジーンズのポケットにしまいこんだ。

 ガラス越しに、ペンギンの泳ぐ様子が見えるようになっていた。

 係のお姉さんがバケツから取り出して投げた魚に、一斉にむらがるペンギンの様子を、見ている人たちが笑い合う。

すごいねーすごいねー、という子どもの声が聞こえる。

デジタルカメラや携帯電話を向けて、撮影している人も大勢いる。

そんな中でわたしたちは、ただ黙って、ペンギンを見ている。

相変わらず興味のなさそうな様子で、よく食うなあ、と彼がつぶやいた。

「ねえ、もうだめだと思う」

 ぽつりとつぶやくと、彼が、なに、とちょっと怒るような口調で訊ねてきた。

本当に聞こえなかったみたいだ。周囲は騒がしいし、無理もない。

「全然楽しくないじゃん。もう、だめだよ」

 ガラス越しのペンギンを眺めながら、わたしは言った。

彼の言葉よりも先に、それでは本日のごはんタイムは、こちらで終了とさせていただきまーす、という明るい声が耳に入る。

ペンギンは飛べない鳥だというだけで笑いあったねふたりでいれば
                             (敷島ヤマト)




<今月の優秀作>


ショートストーリーで使わせていただいた短歌以外にも、
気になったものを、短いコメント付きで紹介させていただきます。

いいものが多くて絞りきれなかったため、 いつもより多めの紹介です。

タツノオトシゴのヒレより俺の髪型の変化に気づいてほしい(トヨタエリ)
髪型が変わったことはわかってる それよりダイオウグソクムシだろ(柚木)
 上2首は、偶然ですが、セットのようになっていて、読んで楽しめました。

水槽の魚と泣いているきみに責められている気がしてる俺(杉田亮介)
 魚にすら責められる気分だなんて、どんなことを……。

幸福なイルカが跳んで私たち笑ってられた お別れだけど(ちりピ)
 意外性はなかったですが、反面、まとまっていて読みやすかったです。

閉じ込めた海が一気にあふれ出しそうで行くのはイヤだったのに(伊藤なつと)
 水族館って暗いし、考えようによっては、怖いイメージですよね。

キスなんて突然いわれ目が泳ぐ“東京湾”の水槽前で (岡本雅哉)
 字数調整が必要ですが、テーマ(水族館)は前提なので、東京湾の前でもよかったと思います。

ゆく魚ゆく魚みなチラ見してゆくつながっていない手と手を(赤城尚之)
 つながった手、ではなく、つながっていない、というのはちょっと予想外でした。

ラッコでも浮気をするのね どうでもいい知識をもっともっとおしえて(さかい たつろう)
 可愛らしい! 恋する気持ちを、具体性を持って表現できていると思います。

キスをするチャンスを逃す僕たちを笑って見てるエイの裏側(文月育葉)
 エイの裏側って、笑って見えますよね。気持ち悪いのに目が離せませんよね?

クラゲから見たってきっとカップルだ なのに言えない、深海にふたり(藤野唯)
 深海という言葉から、水族館の暗い映像も、二人の微妙な関係性も伝わるようでよかったです。

これよりも多くの魚を君のためにさばいてもいい OKします(てこな) 
 プロポーズや結婚という言葉を使わずに表しているのは見事です。

この瞬間ガラスが割れてサメに喰い付かれてもいい 祝初デート(ゴニオ)
 それは言いすぎだと思います!! 面白く笑わせていただきました。

<次のテーマ&今月のかとちえ短歌>


ショートストーリーとなってから、
《ある場所でのシーン》を連想させる短歌を募集しておりますが、
今回の《ある場所》は、「スーパー」です。

みなさんからのご応募、お待ちしてます!
以下は募集要項です。
5月10日締め切りで、一人2首以内、テーマ記載の上、
ペンネームがある場合はペンネームも添えて。
→送り先:tanka_57577@3anet.co.jp(第二出版部「かとちえの短歌ストーリー」係まで。
アドレスの「@」を半角に修正してお送りください)

そして、以下が、スーパーをテーマに詠んだわたしの作品です。ご参考までに。

ポイント五倍の曜日にスーパーに立ち寄るみたいに会いに来ないで


 (加藤千恵)