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Web連載 かとちえの短歌ストーリー 【連載終了】
第4回 かとちえの短歌ストーリー テーマは“会社”


<ご挨拶>
こんにちは、加藤千恵です。

結局サテンのジャケットも深緑のトレンチコートも手に入れていないまま、
春を終えようとしています(前回の「ご挨拶」参照)。

近いうちに引越しをする予定があって、
《手持ちの物を減らそうキャンペーン》実施中なので、
(キャンペーン、というか、そのまんまの内容なんですけど)

まあ、仕方ないよねー、と思ってみてはいるものの、
多分夏になるまでは、というか夏になっても、
しばらく「春物……」とか思っちゃったり言っちゃったりしてると思います。

にしても引越しのこと考えると、憂鬱です。

たくさんの物が溢れかえる押入れなどを見ていると、
ああ、いっそこのままここで埋もれてしまって構わない、という気分にすらなります。

ですが、気を取り直して、今月の作品にうつらせていただきます。

<今月の作品> ~第4回テーマ「会社」~


  営業会議

 誰にも気づかれずに始まった恋は、誰にも気づかれずに続き、数日前、誰にも気づかれずに終わった。

わたしと彼しか知らない。

わたしが彼をどんなに好きだったか、彼がわたしをどんなに好きだったか、

お互いがどれほど苦しかったか、お互いがどんなに求め合っていたか、

全部、二人だけの秘密だ。

 恋が終わったって、世界が終わったわけではない。

わたしは今日も満員の通勤電車に乗って、会社に行く。

電車も、風景も、会社も、わたしが彼と恋をしていた頃と何ら変わりはなくて、

それは優しいことのようにも冷たいことのようにも思える。

 水曜日の営業会議のことは考えないようにしていた。

普段は離れた場所で仕事をしている営業一課の彼と、この日は近くで向き合うこととなる。

けれど、考えないようにしているからって、逃げられるわけではなくて、

結局わたしは、いつもの席に普段と変わらない様子で着席する。

 そして彼もまた、恋が終わったからといって、消えてしまうようなことはなくて、

たった今も、三十人ほどがいる会議室で、わたしの左斜めに座って、一人一人に渡された用紙に目を落としている。

わたしも同じようにしようとするのに、円グラフや、グラフについての説明が書かれた、肝心の内容は、ちっとも頭に入ってこない。

それよりも、彼の青いチェックのネクタイがバーバリーのもので、

彼の叔父さんがくれた商品券で買いに行ったものであるという、まるで関係ないことばかりを思い出してしまう。

 付き合っているとき、この週に一度の営業会議のことを、よく話題にあげた。

「会議、ほんとにめんどくさいよな」

「ねー。わたしなんて、営業第二課って名前がついてるだけで、実質事務だし、話題も全然わかってないよ」

「俺は営業だけど、わかってない。自分が発表するときは、超焦ってなんとか形だけ整えるけど。
質問とか来るなよって思ってる。おれに聞くなよ、って」

「じゃあ今度、質問しよっかな。このデータの信頼度を正確に述べてください、とかって」

「うわー、それ完全に嫌がらせだな」

 笑いながら話していたことを、彼はどのくらい憶えているんだろう。

「で、今の段階では、これに関してはペンディングとなっています」

 発表担当者である同僚の声が、突然耳に飛び込んできた。

もちろん突然ではなく、彼はずっと話し続けていたのだ。わたしの意識がずっと遠ざかっていただけで。

誰にとがめられたわけでもないけれど、気まずい思いを抱えつつ、あらためて配られた用紙を読む。

「で、次の項目にうつるんですけれども」

 担当者の声を合図に、一斉にみんなが紙をめくる。紙の音が会議室を満たす。

 一瞬、顔をあげると、左斜め前で、同じように紙をめくった直後の彼と目が合った。

あまりに思いがけないものだったので、目を離すことができなくて、瞬間、見つめ合うような形になった。

 そらすより先に、そらされた。視線を用紙に戻した彼の表情は、何事もないように見えた。

突然、言いたいことが、決壊したみたいにあふれでてきた。だけど、言えるはずがなかった。

そもそも、本当に言いたいことなのかも、わからなかった。

 会議中、よく、目を合わせていたことを思い出した。

たくさんまばたきをしてみたり、口をとがらせてみたりして、お互いに笑いそうになってしまうことすらあった。

隣の席の人に気づかれたのではないかと思い、ひやひやすることも少なくなかったが、決してやめたりはしなかった。

わたしたちは完全に、状況をおもしろがってみせていた。

誰と戦っているわけでもないけれど、ずっと味方で、共犯者だった。

 わたしたちの恋が終わっても、週に一度の営業会議はなくならない。

担当者は、発表を終わらせかけているところだ。

目配せで交わした会話を思い出し書類の文字がにじむ会議室
                                 (ななひまわり)




<今月の優秀作>


ショートストーリーで使わせていただいた短歌以外にも、
気になったものを、短いコメント付きで紹介させていただきます。

今回も、前回同様、素晴らしい作品が多くて、なくなく削ってしまったものも多くあります。
なので、今回紹介されなかったという方でも、どうぞ次回以降も投稿してくださいね!

強がって走ると決めたはずなのに ヒールで挫く彼女の弱さ (打田舞子)
 ヒール「が」かなとも思ったのですが、どうでしょう。うまくまとまった一首です。

できるだけ社内文書を回覧で回す感じで君を誘った(伊藤なつと)
 どんな感じなんだろう……。想像させられます。

あと5才若かったなら内線で付き合ってよとか言っていたかも (さかいたつろう)
 あと5才若ければというのは、主人公がなのか、相手がなのか。気になります。

チョイスしたランチメニューがまたかぶる社員食堂気になるあいつ(ウクレレ)
 恋というより、ライバル関係を連想させました。笑いも含まれているような。

垣間見たあなたはすっかり別人で どちらがONでOFFかと迷う(やましろひでゆき)
 前提としているテーマの消化の仕方が、すごくうまいと思いました。

本命の会社に振られて落ち込んでディズニーランドに行って忘れる(新庄彩子)
 就活生に捧げたい短歌ですね。本音はそう簡単にいかなそうなところも、泣かせます。

ワイシャツも彼も冷たいことに勝て 四月は敵が多すぎなんだ(安藤えいみ)
 ぎりぎりまでショートストーリー用の短歌と悩んだ作品でした。次回以降もぜひ!

パソコンに嫉妬をしているなんてこと言えないでしょう?大人ですから(時雨)
 共感性が高そうだなと思いました。パソコンだけじゃないですよね!

窓ぎわの忘れ去られたサボテンも光合成の仕事をしてる(麦人)
 風景がぱっと浮かぶ、それでいて誰もが思いつくわけではないと思わせる一首です。

悪くないわかっていてもあやまれる先輩たちはカッコよかった(MOMO)
 助詞(「と」)の省略が気になりますが、内容は好きです。

<次のテーマ&今月のかとちえ短歌>


ショートストーリーとなってから、
《ある場所でのシーン》を連想させる短歌を募集しておりますが、
今回の《ある場所》は、「プール」です。

まだ少し時期が早いかもしれませんが、たくさんのご応募、お待ちしてます!
以下は募集要項です。
6月10日締め切りで、一人2首以内、テーマ記載の上、
ペンネームがある場合はペンネームも添えて。
→送り先:tanka_57577@3anet.co.jp(第二出版部「かとちえの短歌ストーリー」係まで。
アドレスの「@」を半角に修正してお送りください)

そして、以下、プールをテーマに詠んだわたしの作品です。

 

プールでは疲れて苦しくなったならすぐにあがればいいけど 恋は


                                   (加藤千恵)