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荒川洋平の日本語教師ビギナーのためのワンポイントアドバイス『もしも・・・あなたが外国人に「日本語を教える」としたら』番外編
第2回 型を身につけたら型破りも-ワンパターンにならない導入とは







河田春恵さんは、事務機器の商社で働きながら、休日にはボランティアの日本語教師をしています。
彼女の最近の悩みは、授業が単調になっていることです。単語を教えて、文型を教えて、ドリルをして…という「形」はできたのですが、どことなく面白みがなく、学習者も乗ってくれません。
打開策を求めて、河田さんは今日、先輩ボランティアである今井さんの授業を見学に来ました…。

今日の授業は教科書の第10課と聞いています。河田さんは予習をして、この課では

・存在文(ドコドコに ナニナニが あります/います)
・所在文(ナニナニは ドコドコに あります/います)

を導入することを知っていました。
存在文はある場所にあることを説明したり、発見したりするときに使うもののようです。今井さんはどんなふうに導入するのだろう、河田さんは関心をそこに絞って、授業を見るつもりです。

生徒さんは3名、みな女性です。日本人に顔立ちが似た年配の方が二人、それからインド人かネパール人のような若い女性が一人です。

今井さんが入ってきて、明るく言いました。
-こんばんは!
学習者は口々に、挨拶を返します。今井さんは一人ずつに「こんばんは」を繰り返して、インド人らしい女性の飲み物を指さして、こう話しかけました。
-ナンシーさん、それは何ですか。
-これは、オレンジジュースです。
それを聞いた今井さんはいかにものどが渇いたかのようにのどの辺りを手で押さえると、財布を取り出して、こう言いました。
-オレンジジュース、いいですねえ。ナンシーさん、この辺に、コンビニがありますか?





(ええっ!?)
後ろで見ている河田さんはびっくりです。初めの会話は誰でも分かる短い文で、復習代わりにするものです。
「あります」という新しい文型を使うのは、ちょっと早いように河田さんは思いました。

さて、それを聞いたナンシーさんは、
-はい、コンビニは…
と言って、窓の外、向かいのビルを指差しました。

(やっぱり無理だよね。この先生、大丈夫かなあ?)
河田さんがそう思ったとき、今井さんは彼女を指さして、年配の女性に話しかけました。
-朴さん、あそこに女の人がいますね。あの人は、誰ですか。
朴さん、と呼ばれた女性は河田さんの方を振り返り、こう言いました。
-分かりません。

今井さんは、そりゃそうだ、という風にニコニコ笑って、言いました。

-あの人は河田さんです。こんばんは。




学習者3人はみな振り返り、河田さんに「こんばんは。」と言いました。河田さんは営業の仕事で鍛えられたスマイルで「こんばんは。」と返したものの、普通の流れと違う授業ぶりに、どうも釈然としません。

今井さんはそんな河田さんの思いなどまるで意に介せず、さらにこう続けました。
-そうですね。じゃあみなさん、この部屋に、誰がいますか?

河田さんの驚きは続きます。「います」だって未習の事項だから、当然です。
今井さんの話は続きます。
-私が、いまーす。河田さんが、いまーす。

すると、ナンシーさんがその言い方を真似して、こう言いました。
-私が、いまーす。
今井さんは指をパチン、と鳴らして大きく頷きました。
-ナンシーさんがいまーす。

こうなると、皆競争です。3人の学習者は口々に「私がいまーす」「朴さんがいまーす」などと声を上げ、それぞれに今井さんはニコニコ笑いながら、答えました。

教室が落ち着いたとき、今井さんは言いました。
-はい、みんな上手ですねえ。今日は、何課ですか、何ページですか…はい、陳さん。
陳さんは
-10課です。82ページです。
と答えました。教師も、学習者も、そのページを開きます。河田さんもページをめくり、またまたびっくりしました。そのページにでている「例文」はみな、今井さんがさっき話しかけたものだったのです。



【どうする? どうして?】
確かに、初めの挨拶はやさしい日本語を使うものですし、文型の導入~単語の導入~ドリル、といった流れに授業をきっちり分けて教案通りに進めることは、教師経験が浅いうちは守るべきです。しかし、それができるようになったら、何か新しい冒険を試みてはいかがでしょうか。

もちろん、初めからうまくいくことはないかもしれません。ティーム・ティーチングで進めている場合は、他の教師の迷惑になるかもしれません。しかし、どんな教師であれ、技量を上げるためには失敗は必ず付きまといます。失敗を恐れて、面白みがない授業を淡々と進めるより、時には破天荒でもいいから、ぐいぐい学習者を引っ張ってみることも大切です。

形ができないうちは、これは危険です。しかし、自分なりの形ができれば、次は「型破り」を考える入り口に立っていることになります。ほんの少しでいいから、流れを変え、授業を変え、ご自身を変えてみませんか?



荒川洋平 (あらかわ・ようへい)
東京外国語大学准教授(留学生日本語教育センター)。
専門はメタファー研究を中心とした認知言語学。
著書に『もしも・・・あなたが外国人に「日本語を教える」としたら』
『続・もしも・・・あなたが外国人に「日本語を教える」としたら』
『とりあえず日本語で もしも・・・あなたが外国人と「日本語で話す」としたら』(弊社刊)
『こぐまのお助けハンドブック-悩める日本語教師たちに贈る』(アルク)、
『日本語教師のための応用認知言語学』(共著・凡人社)、『日本語という外国語』
(講談社)などがある。


荒川洋平先生の電子書籍
もしも…あなたが外国人に「日本語を教える」としたら〈デジタル版〉
続・もしも…あなたが外国人に「日本語を教える」としたら〈デジタル版〉
もしも…あなたが外国人と「日本語で話す」としたら とりあえず日本語で〈デジタル版〉