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荒川洋平の日本語教師ビギナーのためのワンポイントアドバイス『もしも・・・あなたが外国人に「日本語を教える」としたら』番外編
第3回 ゲームを使って楽しくいつの間にか-飽きさせずに繰り返し練習ってできるの?




-数字って、なかなか身につかないっすねえ。

相馬大輔さんは、単語クイズの採点から顔を上げると、向かいに座るパーカー先生にそう話しかけました。ここは南オーストラリア州にあるジェファーソン高校の職員室です。
-日本語だけじゃなくて、外国語の教師はみんな、数字には苦労してるよ。
  何しろ、教室の外に出ればもう使わないからね。
パーカー先生はそう答え、「赤城山」と筆文字で書かれた湯飲みからほうじ茶をすすりました。


相馬さんはちょっとした偶然から、ある機関を通じて、この高校に日本語アシスタント教師として送り込まれています。来豪して数ヶ月、生活には少しは慣れてきたものの、日本語の授業は毎回、驚きの連続です。

-でも、これって入試には結構、出るんすよね。
相馬さんは覚えたての知識を披露しました。実は大学の入試選択科目に「日本語」があると知ったのは、つい1週間前にことです。

-おぉ、よく知ってるねえ!
パーカー先生は大げさにそう褒めると、ちょっとずるそうな表情を浮かべ、
-Now, Soma-sensei, I have a cunning idea...(それで相馬くんね、ちょっと僕に「いい考え」があるんだけど)
と言いました。

相馬さんがこのセリフを言われるのは、赴任以来4回目です。残業とか手間のかかる仕事とかを依頼される場合の、パーカー先生のお約束なのです。でも引き受けるといつも、豪華な夕食をご馳走してもらえるので、相馬さんにも悪い話ではありませんでした。

-テスト勉強用に、生徒たちが数字を覚える良い教材、作ってみない?
パーカー先生は言いながら、ナイフとフォークでステーキを切る真似をします。
-ま、マジすか?
そう答えながら、もう相馬さんにはひらめくものがありました。


☆      ☆      ☆      ☆
翌週の水曜日、相馬さんはパーカー先生から20分ほどをもらい、自作の数字を覚える教材を、日本語のクラスで初めて試してみました。

-今日は、私は、みなさんに、プレゼントを、あげます。このプレゼントを使ってください。そうすればSACE(南オーストラリアの大学入試用の共通試験)で、よいスコアがもらえます。
生意気盛りの11年生(高校2年生)たちも、入試で良い点と聞き、いつもの無駄口をたたかずにプリントに見入っています。生徒たちの反応を見ながら、相馬さんは説明を続けます。

-これは、マッチングです。初めのラインの「あいうえお」、わかりますね。上のラインは、アルファベットです。たとえば、「K」のラインの「あ」は、「か(K-A)」ですね。じゃあ皆さん、「か」のところのナンバーは、何ですか?
-ろくじゅう、さんです。

一番に答えたのは、いつも最前列で熱心に授業を聴いているジェフリー君です。
-そうです! ジェフリーくん、1ポイントです!
そう褒めながら、相馬さんはすばやく森永キャラメルをひとつ、大仰な仕草で手渡しました。
これは彼女である河田さんからの差し入れですが、パーカー先生とのディナーと引き換えに何粒かは投資するつもりです。


-OK。ジェフリー君、次はジェフリー君が聞いてください!
相馬くんはそう言いながら、小さなライブハウスにいるように右手を回しました。
生徒たちの目が、自分とジェフリー君に注がれるのがわかります。

-はい! あぁ…「D」ラインの「あ」は何ですか?
生徒たちはそれを聞き、「3.14」は日本語でどういうのか、思い出しています。小数の言い方は一度習ったきりで、忘れてしまったようです。
後ろの席の女子学生、ジェニファーさんがやっと答えました。
-さん・てん・じゅうよん、です!
-あぉ惜しい! もう少しです!
それを聞いた何人かが思い出したらしく、口々に言いました。
-さん・てん・いち・よん!
-OKです!
相馬さんはそう言い、次のキャラメルを持って教室の後ろに走りました。パーカー先生はプリントから目を上げ、教室の熱気を目にすると、今夜の夕食はどこにしようか、考えはじめました…。





【どうする? どうして?】
ひらがなとカタカナ、それに数字の言い方は一度やったきりではなかなか生徒は覚えません。特に授業時間が少なく、教室外では日本語を使わない海外の教育では、これらの定着は難しいものです。
こんなときには、相馬さんが試みたように、ゲームや競争の形式で繰り返すことも効果があります。単調な暗記を強いるよりは、「勝ちたい」「キャラメルが欲しい」といった小さな欲求と学習を結びつけて、楽しく学ばせると、意外な効果があります。

プリントには普通の数字だけではなく、分数や小数、「~度」と言った単位付きのものまで載っています。空欄は、読者の皆さんが考えて入れてみてください。相馬さんはかなに対応する数字を生徒たちに言わせていましたが、言わせる代わりにひらがなで表記させたり、あるいは逆に数字を言って、それに対応するかなを言わせたり書かせたりしても、面白いと思います。




荒川洋平 (あらかわ・ようへい)
東京外国語大学准教授(留学生日本語教育センター)。
専門はメタファー研究を中心とした認知言語学。
著書に『もしも・・・あなたが外国人に「日本語を教える」としたら』
『続・もしも・・・あなたが外国人に「日本語を教える」としたら』
『とりあえず日本語で もしも・・・あなたが外国人と「日本語で話す」としたら』(弊社刊)
『こぐまのお助けハンドブック-悩める日本語教師たちに贈る』(アルク)、
『日本語教師のための応用認知言語学』(共著・凡人社)、『日本語という外国語』
(講談社)などがある。


荒川洋平先生の電子書籍
もしも…あなたが外国人に「日本語を教える」としたら〈デジタル版〉
続・もしも…あなたが外国人に「日本語を教える」としたら〈デジタル版〉
もしも…あなたが外国人と「日本語で話す」としたら とりあえず日本語で〈デジタル版〉