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荒川洋平の日本語教師ビギナーのためのワンポイントアドバイス『もしも・・・あなたが外国人に「日本語を教える」としたら』番外編
第8回 入試は高得点!本当の解法ストラテジーとは?

相馬大輔さんは、南オーストラリア州の高校で、日本語のアシスタント教師をしています。彼は前回作成した「かなと数字のマッチング」(第3回参照)が好評だったので、ここ数日、ご機嫌です。
良いことは続くもので、今日の昼休み、上司にあたるパーカー先生が、昨日のパーティーのレフトオーバー(=残り物)だといって、有名イタリアンのシーフード・ピザを山ほど持ってきてくれました。

―ありがとうございます、先生!

―冷凍すれば、ずっともつから便利だよ。
そう微笑むと、パーカー先生は相馬さんの肩を軽く叩きました。愛想笑いを返した相馬さんですが、パーカー先生の手が肩から離れないのを怪訝に思い、目を合わせました。

-Now, Soma-sensei, I have a cunning idea...(それで相馬くんね、ちょっと僕に「いい考え」があるんだけど…。)
お約束の一言です。今回の依頼は何か、恐る恐る相馬さんが聞いてみると、12年生(=高3)に対する、大学入試試験のリスニング指導をやってほしい、とのことでした。



パーカー先生から前任者のテキストと一抱えの冷凍ピザを受け取り、相馬さんはボランティアの立場にしては豪華な自宅に戻ってきました。
相馬さんはおやつ代わりにさっそくサラミピザを一切れ解凍し、それを口に運びながらキッチンのテーブルで「SACE Japanese Examinations - continuers(南オーストラリア州日本語試験・継続学習者用)」という問題集を開きました。

―ありゃま。
思わず、彼女である河田さんの口癖が出てしまいました。

オーストラリアの各州では、いずれも週独自の大学入試を実施しており、日本語を「外国語」のひとつとして受験することが可能です。日本の大学入試センター試験で、韓国語やドイツ語を「外国語」として選択できるのと同じです。問題は短い対話を聞いて、それに対する答を書くもので、レベルはほぼ日本語能力試験のN3レベルでした。

相馬さんが何より驚いたのは、問題集の模範解答に「よく出る」「注意」などの解説が付き、入試が露骨な競争であり、高得点こそスベテ! と言わんばかりの体裁になっていることでした。

相馬さんの短い経験では、オーストラリアの日本語教育というのは日本の英語教育とは異なり、入試対策がどう、というよりも日本語を身につけて幅広い国際感覚を身に付けるもの、という印象でした。しかしこの問題集を見る限り、楽しく授業を進めるよりは、どんどん頻出の内容を聞かせて、点を取らせることが大切なように思えてきました。生徒もトレーニングなしで過去の試験問題はできないだろう、と判断した相馬さんは、とりあえず日本語能力試験のN3の問題をやらせることにしました…。



半月後、入試で「日本語」を選択する20人の12年生を前に、相馬さんは聞き取りの模試を聞かせ、答を言っては解説をしました。学習者中心とか、コミュニケーション重視という理念は忘れ、点が取れるような授業に徹してみました。





最後に30分間の模試をやり、それを集めて自宅に戻った相馬さんは、フラフラでした。
しかし、この採点をすれば楽しい週末です。相馬さんはご褒美として例のピザを3枚温め、
模範解答を見ながら、赤ペンを走らせました。

―ありゃま!
予習の時の一言が、また口を付いて出てしまいました。ただ一人の満点は、授業ではいつも口が重く、おとなしい印象のティム君だったからです。

硬いサラミを噛みながら、相馬さんはティム君の印象を思い出そうとしました。
(小柄で、NARUTOのノートを持っていて、当てても答えられないことが多くて…)
相馬さんには、さほどの優等生とも思えないティム君がダントツの満点になった理由がどうしても思い当たりませんでした。

翌週、「特訓」のあと、教室を出て行こうとするティム君を、相馬さんは呼び止めました。

―はい。
ティム君は、きれいな発音でそう答え、緑色の目を相馬さんに向けました。

―テスト、よく出来るよね、ティム君。何か、特別なシークレットが、ありますか?
「シークレット」の発音が悪かったためか、ティム君はちょっと考えていましたが、やがてこんなことを話しました。

―このテストは、もし、男の人と女の人が話します、いつも、女の人が正しいです。もし、会社の、上人(うえひと)と下人(したひと)が話します、いつも、したひとが正しいです。だから簡単です。






ティム君はそれだけ言うと、ニコっと笑い、教室を出て行きました。
相馬さんはティム君の日本語を訂正するのも忘れて、彼のことばの意味を考えました。そしてすぐ自宅に帰ると、最後のピザを食べながら、日本語能力試験の過去の聞き取り問題を、片っ端から調べてみました。

―ありゃま!!
ティム君の言ったことは、ほぼそのとおりでした。これは見過ごせないな、そう思った相馬さんはノートパソコンを開け、河田さんに知らせるために、メールを打ち始めました。



【どうする、どうして?】
ティム君の指摘は、ある程度正しいです。理由はいくつかありますが、日本語能力試験やそれに類する試験では、男女が話し合う場面では女性の意見が、また上下の別にある2人が話し合う場合では下の人の意見が、それぞれ正しかったり、採用されたりする傾向があるようです。

このような試験に臨むにあたっては、合格するための勉強やトレーニングは大前提ですが、問題の内容とは直接関係のない、その試験特有の傾向や特徴を知っておくのも「アリ」かもしれません。もちろん、例外もたくさんありますから、これを受験テクニック的に教えることの是非は考えられなければなりません。しかし、興味深い観察であることは確かですね。

またオーストラリアの日本語教育は、確かに口頭の運用中心で、文法に過度に傾くことはありません。しかし、受験となると話は少し別なようです。わたしが住んでいたシドニーでは街中にHSC(大学入試)対策の塾がたくさんありましたし、新聞にもHSCのトップ成績5000人のうち、どの高校の生徒が何人占めるか、といった記事が載っていましたし、市民がそれを見ながら、

―シドニー女子高は最近、ノースシドニー女子にずっと負けてる。
などと話す様子は、東大合格者の一覧を載せた週刊誌が売れる日本の構図とそっくりです。受験熱や競争は、ある制度の下ではどの国でも必然であり、外国語教育であってもその枠から逃れるのは難しい、と感じさせるものでした。



荒川洋平 (あらかわ・ようへい)
東京外国語大学准教授(留学生日本語教育センター)。
専門はメタファー研究を中心とした認知言語学。
著書に『もしも・・・あなたが外国人に「日本語を教える」としたら』
『続・もしも・・・あなたが外国人に「日本語を教える」としたら』
『とりあえず日本語で もしも・・・あなたが外国人と「日本語で話す」としたら』(弊社刊)
『こぐまのお助けハンドブック-悩める日本語教師たちに贈る』(アルク)、
『日本語教師のための応用認知言語学』(共著・凡人社)、『日本語という外国語』
(講談社)などがある。


荒川洋平先生の電子書籍
もしも…あなたが外国人に「日本語を教える」としたら〈デジタル版〉
続・もしも…あなたが外国人に「日本語を教える」としたら〈デジタル版〉
もしも…あなたが外国人と「日本語で話す」としたら とりあえず日本語で〈デジタル版〉