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荒川洋平の日本語教師ビギナーのためのワンポイントアドバイス『もしも・・・あなたが外国人に「日本語を教える」としたら』番外編
第11回 自由でも放任できない自由会話―自由にするために必要な準備とは?

日本語ボランティアの河田さんが日本語ボランティアを始めて、はや数ヶ月が経ちました。
まだまだ失敗をすることもありますが、初級の場合、学習者の運用力が目に見えて上がっていくので、自分でも少しは授業がうまくなってきたように思います。

今日の授業は、「辞書形」を教える18課です。生徒さんは、やっと混合クラス(第7回参照)から離れたインドネシアのジョニさん、ベトナムのグエンさんの2人です。
河田さんがいちばん心配していた辞書形の導入も、やさしい2グループ(例 食べます→食べる)、次いで特別な3グループ(来ます→来る、します→する)、最後に多様な1グループ(例 読みます→読む)の順に進めて、理解してもらいました。

滞日経験が長い学習者は、日常で辞書形を聞くことが少なくありません。ですから、ルールを理解しさえすれば、他の動詞も類推が利くし、また役立つ形だという意識があるためか、練習にも熱心に取り組むようです。

河田さんは思ったよりも早く応用練習まで終わってしまい、時計を見ると、授業の終わりまであと15分もありました。そこで臨時に、学習者に自分のことを自由に話してもらう「自己表現」を取り入れてみることにしました。

今日学習した例文の中から
○わたしの趣味は映画を見ることです。

を選ぶと、河田さんはさっそくジョニさんに聞きました。

―ジョニさん、ジョニさんの趣味は何ですか。
ジョニさんは、ジャワ島出身の人によく見られる人なつっこい微笑みを浮かべて、河田さんにこう答えました。

―はい、わたしの趣味は、卓球をすることです。

―ああ、そうですか。
そう言いながら、河田さんはいつもの自分の癖―会話をすぐ切ってしまうこと―に、気が付きました。授業で学習者と話す場合、教師はなるべく相手の知っていることばや文型だけで話を組み立てなければなりません。そのプレッシャーから、今までの河田さんは、生徒さんが何か質問に答えられると、それだけで話を切り、次の質問に行ってしまいがちでした。これが、授業が単調になってしまう原因だったのです。

ところが、たとえば先輩教師の今井さんは、生徒さんが何か言うたびに、やさしい日本語でそれに関連した質問を投げかけ、もっと多くのことを引き出しています。特に今井さんは質問のたびに数センチほど身を乗り出して体中で関心を示すので、生徒さんは妙に発奮し、単語や文型をフルに使って、懸命に話そうとしています。




そこで河田さんは、今日の授業のチャレンジはコレ! と心に決めて、ジョニさんに聞きました。

―ジョニさんは、あの、な、何曜日に卓球をしますか?

―はい、土曜日です。市民の森のジムです。
―それはいいですね。じゃあジョニさん、今度はグエンさんに聞いてください。
河田さんはそう言うと、手のひらをジョニさんからグエンさんに向けました。

これは、同じく先輩教師の平野さんから学んだ技法です。いつも教師だけが聞き、学習者だけが答えるという流れだと、会話の方向が単調になってしまいます。平野さんは、ある生徒さんに質問をしたあとで、しばしばその生徒さんを促し、別の生徒さんに質問をさせて、自分は2人の聞き役に回っています。同時に会話を聞きながら、生徒さんのミスのメモもしているようで、スキがないなあ、と、見学しながら河田さんはいつも感心しきりです。

ところが、グエンさんに聞いてくださいと指示されたジョニさんは、

―はい。…グエンさんは、何曜日に卓球をしますか?
と、質問をしました。

(ありゃま!)
河田さんは心のなかで焦りました。彼女がジョニさんにしてほしかった質問は、

―グエンさんの趣味は何ですか。
だったのです。ところが、話がいきなり卓球に絞られてしまいました。

河田さんは、気づきました。




平野さんの授業では、生徒さんに質問を促すときは、平野さんが言うべき質問の冒頭を少し言うことで、会話をコントロールしていたのです。河田さんにはそれがなかったため、ジョニさんは直前の質問を繰り返してしまったのです。

案の定、グエンさんは、
―いいえ、わたしは卓球をしません。
と、答えました。

ジョニさんはその返事を聞くと、改めて聞きました。

―じゃあ、グエンさんの趣味は何ですか。
(戻ったー!)
河田さんは安堵しましたが、いわば2人の話の流れに助けられたようなものです。

―はい、わたしの趣味は、映画を見ることです。
ジョニさんは、それは意外だ、という顔つきで、そのまま会話を続けます。河田さんは驚いたり安堵したりで訳が分からず、黙って会話の成り行きを見守っています。

―じゃあ、グエンさん、どんな映画を、見ますか。

―わたしは、ミュージカル映画が、好きです。

―じゃあ、レ・ミゼラブルを見たことがありますか。
(ありゃま!)

河田さん、再びびっくりです。
というのは、「~たことがある」は、次の19課の内容で、来週、導入に入るところだったからです。しかし、ミュージカル映画の話題で盛り上がっているインドネシア人とベトナム人は、ノンストップで口を動かし続けています。

―いいえ、まだ見ません。
ジョニさんは、グエンさんの答えを聞くと、

―じゃあ、今度、いっしょに行きましょう。
と彼を誘いました。
意外な成り行きに驚いた河田さんですが、そろそろ教師から何か言わなければ、と思い、

―ああ、いいですね、いっしょに…。
などと、曖昧に会話を終えようとしました。しかしその「終わりの合図」を、2人はまるで察しませんでした。グエンさんは手帳を取り出すと、

―ああ、先生もいっしょですね。いいですね。日曜日はどうですか。
と確認しました。ジョニさんは大きめのノートを取り出すと、

―はい、わたしも日曜日はいいです。先生は?
河田さんは、とまどいなど微塵も見せないにこやかな表情を作り、手帳を開きました。
次の日曜日の早朝は、相馬さんがオーストラリアから帰ってくる日です。彼を迎えに行って、そのままお昼でも食べようかと思っていた河田さんですが、彼も音楽好きなことに気づき、

―じゃあ、日曜日にしましょう。わたしの友だちもいっしょに、いいですか?
と答えました。ジョニさんもグエンさんも喜んで、日程を手帳に書き込んでいます。河田さんは自分のコントロールのなさに呆れたり、またことの成り行きに驚いたりしながらも、日曜日のスケジュールを入れてしまいました。



【どうする、どうして?】
河田さんがした工夫、つまり単調になりがちな問答の流れにアクセントを添えようとして、生徒さんに質問をする側に回ってもらったのは、悪いことではありません。しかし、自分が慣れていない方向に授業の舵を切ることは、多少の危険が伴います。自由な会話とは、脱線する自由もまた、多く孕んでいるのです。
それゆえ、外国語の授業で新しいことを試みる場合は、今回の河田さんのように思いつきではなく、脱線の可能性も含めて、いつも以上に詳しく教案を書き、時には目の前に学習者がいるかのように、自宅で予行授業をしてから授業に臨むことを勧めます。

もちろん、自由会話なのですから、この程度の脱線は当然として、どんどん話をさせる方向に持っていくという考え方もあります。特にボランティアの授業では、日本語を使って学習者と楽しい時間が過ごせればそれでよし、という考え方もあります。

しかし、楽しい時間であることを首肯しても、そこでの教師の役割は、何なのでしょうか。
自由会話とは、学習者の会話を放っておくことではありません。一見すると放っているようで、結果として教師の配慮が行き届いていることが理想です。

学習者にとっての授業とは、
○限られた時間で目標言語に関する最善のインプットとアウトプットを得る貴重な機会

と定義づけられます。その定義に即した形で授業を進めるための方策が、楽しい放任であって良いはずがありません。技量の差こそあれ、ボランティアもプロも最善を尽くすのは当然です。
多少の失敗はあっても、何か工夫を思いついたら、それを考え抜いて教案に書き、それをベースに授業を続け、その新しい枠組みを自分のものにしてしまいましょう。



荒川洋平 (あらかわ・ようへい)
東京外国語大学准教授(留学生日本語教育センター)。
専門はメタファー研究を中心とした認知言語学。
著書に『もしも・・・あなたが外国人に「日本語を教える」としたら』
『続・もしも・・・あなたが外国人に「日本語を教える」としたら』
『とりあえず日本語で もしも・・・あなたが外国人と「日本語で話す」としたら』(弊社刊)
『こぐまのお助けハンドブック-悩める日本語教師たちに贈る』(アルク)、
『日本語教師のための応用認知言語学』(共著・凡人社)、『日本語という外国語』
(講談社)などがある。


荒川洋平先生の電子書籍
もしも…あなたが外国人に「日本語を教える」としたら〈デジタル版〉
続・もしも…あなたが外国人に「日本語を教える」としたら〈デジタル版〉
もしも…あなたが外国人と「日本語で話す」としたら とりあえず日本語で〈デジタル版〉