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荒川教授の「とりあえず日本語」ブログ
第1回 とりあえず日本語で


こんにちは、荒川洋平です。
今月から、スリーエーネットワーク第二出版ブログの軒先を借りて、
この「とりあえず日本語」ブログを連載します。更新、頻繁にするので、
ちょくちょく遊びにいらしてください。
ブログタイトルは、今月末に出る新刊、『とりあえず日本語で』本 から。
とりあえず日本語で

何だか居酒屋の注文みたいだけど、実際に表紙も居酒屋風ビールだし、
大手の居酒屋チェーンにも執筆協力をいただいたし、オマエ飲みながら
書いてたのか、と突っ込まれそうですが…
(ホントは「中年スイーツ男子」なので飲めないふらふら)。

心の中で、タイトルの前に「外国人とは」、後に「話してみよう」をつけてみてほしい。

-外国人とはとりあえず日本語で話してみましょう

 

これが、本書のメインテーマひらめき
予備校の現代文読解講座的に言えば、これが「筆者のイイタイコト」。
最近は、日本語を話す外国人が多くなった。
日本語を学ぶ外国人は、世界で300万人以上もいるから、読者の中にも、
その人たちに話しかけられたり、おしゃべりをしたり、という経験を持っている人がいる
かもしれない。
もしそういう経験があったら、思い出してほしい。
外国人と「日本語で」話したとき、家族や友達と話すようなフツーの気持ちで話が
できただろうか?

(日本語うまいな、スゴいなぁわーい(嬉しい顔)
とか、逆に
(下手な日本語だなぁふらふら
とか考えたりして、どことなく気構えてしまうところがなかっただろうか?
自分が外国語をあやつって、
(この語順でいいのかな?)
(この発音で通じてるのかな?)
なんて心配しながら相手と話すのと比べたら、外国人と日本語で話すのは、
ずっと簡単なはず。
でも、その「かんたん」が、フシギに難しい。
構えるくらいならまだしも、
☆外国人に話しかけられると逃げ出すダッシュ(走り出すさま)(「ノー、ノー!」というジェスチャー付き)
☆相手の間違いを延々と訂正するむかっ(怒り)(だから話の中身は聞かない)

こんな例をけっこう見聞きすることがある。

どうしてこんなことが起きるのだろう?

最大の理由は、僕たちが外国人と「日本語で話す」ことに慣れていないせいだ。

 

たとえば、70代以上の人であれば、戦後すぐの進駐軍の記憶から、
外人さんが来たら英語で話さなきゃいけないから、
と心配になって英会話を始めたかもしれない。

 

あるいは僕のように80年代に学生時代を送った世代は、
経済成長との絡みで英会話の必要性が語られていたから、
自分が英語を学ぶのに熱心でも、外国人が逆に日本語を学び、
話すようになるとはまったく想像もしなかった。

 

そしてさらに若い世代になると、中・高いすの英語の授業で
ALT(Assistant Language Teacher)と話しているけれど、彼ら・彼女たちは
外国人には慣れているものの、英語で話す方ばかりに気持ちが向いているようだ。

 

新刊では、僕たちが外国人と日本語で話すこと、さらに外国人どうしが日本語で
話すことを「対外日本語コミュニケーション」と名づけて、その背景や問題点、
そしてそれを上手に進めるための方法を書いてみた。

 

この本は、「高い・硬い・分かりにくい」専門書ではない。
綿密なリサーチ+読みやすい文体+物語仕立てという、
僕がスリーエーネットワークから出している過去の著作本のスタイルを踏襲し、
同時に21世紀の日本人みんなに、いくつかの質問を投げかけている。

詳細は本書に譲るけれど、ブログのスタートに当たって、
その中から一つだけ書かせてほしい。?ペン
町で外国人どうしが上手とはいえない日本語で話しているとき、
私たち日本人には、その「間違いだらけの日本語」を直す権利があるだろうか?



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