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荒川教授の「とりあえず日本語」ブログ
第3回 僕もKYを考えてみた


今日はいわゆる「KY」の分析をしてみよう。

筑波大学の北原保雄先生が2008年に本『KY式日本語―ローマ字略語がなぜ流行るのか』
(大修館書店)を書いた。

筆致には国語学者らしからぬ軽みがあり、
学者の余技、いわゆる「余滴」が書ける大学者の一人だ。
KYの氾濫は、いくつかから考えられる。
北原さんはローマ字入力を大きな要因に挙げてるけど、
僕はこれは婉曲語法の一種じゃないかと考える。

 

婉曲語法の代表は「ずらす」と「ぼかす」だ。
「ずらす」は、たとえば排泄する場所を「お手洗い」「化粧室」トイレと、
その後の行為にスライドさせる語法であり、
「ぼかす」は、プライベートな事由を言いたくないときの「ちょっとアレで」
などという言い方をいう。
そして日本語にはあと2つ、代表的な婉曲語法がある。
1つはカタカナ語の使用。これがカタカナ語の氾濫にいちばん大きな力があった。
飲食店レストランで宅配を担当する人を「デリバリースタッフ」と呼ぶ類だ。

カタカナがなたね油みたいに絞りつくされるたらーっ(汗)と、
日本語は最後の婉曲語法領域として、アルファベットの使用を選んだ。

もちろん、これにいちばん役立ったのは、ローマ字教育だ。
ローマ字の婉曲語法は、人のイニシャルから始まった。
誰かを特定したくないとき、かつては「さん」と呼んでいた
(故・伊丹十三はエッセイで某を上下に分解してこれをアマキさんと言っていた。
卓越した言語センスである)。

それがローマ字教育の成果で「Aさん」になった。
イニシャルが匿名を示す婉曲語法は簡単に広まり、
そのへんの中学生でも修学旅行の夜に

―オレの好きな人はNRさん。揺れるハート

などと言うようになった。

 

僕はこのあたりに、KYの使用基盤の原型を見る。
上の例を続けると「NRさん」を明確にするための笑いを取る手法として
N江R恵さん(分かる?ファンハートたち(複数ハート)なので…)
という生み出され、ローマ字でコトバを動かす手法はより汎用性を増した。

これが用言から句のレベルに至ったのが「KY」なんだろう。

実際、昭和40年代にかなり広く採取された語法に「MMK」(=テてテてまっちゃう)あせあせ(飛び散る汗)
がある(本筑摩書房『言語生活』より)。
後の興味はKYが文法化、つまり品詞上の変化を果たして、例えば

ケイワい

みたいな、イ形容詞になるかどうかである。
でも

―A川Y平っていうあの日本語教師、ケイワて困るよねー。

とは、言われたくはないよな、うん。ふらふら

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