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荒川教授の「とりあえず日本語」ブログ
第4回 大学商店街

最近は新刊を聞かないが、シカゴ・トリビューンのコラムニスト、
ボブ・グリーン (Bob Greene)のコラムは、
1990年代初期までは日本で広い読者層を獲得していた。

外語大のOBである井上一馬の訳も素晴らしく、
「アメリカン・ビート」に始まる一連のベスト集は読み応えがある。
物書きもしている以上、対外日本語コミュニケーションも大事だけど、
こういう颯爽ダッシュ(走り出すさま)としたコラムも書いてみたいペン、と読むたびに思う。
印象的だった一編に、こんなのがある。

失業したホワイトカラーの男達が一時的に集うオフィスについて書いたものだ。

その中の一人にボブがインタビューカラオケすると、彼は前の会社のことを振り返り

-長くいた会社なので自分にとっては家庭家のようなものでした。

と答える。

外国の企業というのは概してドライなもので、
気に入らなければさっさと辞めるもので、
帰属意識なんてそんなの関係ねぇ(←古いなたらーっ(汗))と思っていたから、けっこう驚いた。

もっとも、地域によって会社のありようも違うだろう。
ボブが取材するのはシカゴ近辺だから、生き馬の目を抜くマンハッタンよりは、
牧歌的なのかもしれない。

 

そこで自分の帰属意識ということで考えると、
僕自身もあんまりそういうものを感じたことはない。
今の大学にもあんまりないし、前職の国際交流基金にもそんなにはなかった。

というのも、研究者というのは大学という場所を間借りして
個人商店をやってるようなものだからだ。

最近は大学のありようを組織論でとらえることが多いが、専任教員には

・裁量制の勤務(授業と会議以外はいる場所を問われない)
・他大学への出講(平日によそへ教えに行って給料ふくろをもらう)
・自分の名前で本本を出す(組織名は二の次)

などの特殊なところがあるから本質はやはり個人商店の色彩が濃い。
つまり大学の研究室が並ぶフロアというのは、
実は個人商店が立ち並ぶ商店街なのである。ひらめき
アカデミズムが聖域というのは、20世紀までの話で、
知的サービスを提供するという品格の問題があるので、
万国旗を下げたり、BGMるんるんを流したりしないだけで
(百貨店の宝飾売り場も旗やBGMはない)
実質はこの店は社会学屋さん、あの店は実験系の心理学屋さん、という商店街と同じだ。

 
前に講演に呼ばれて、北関東のある短大いすに行ったことがある。

そこはずっと昔、僕が時給切り売り・語学関係なら何でもします、という弱気な頃に、
非常勤の仕事があるかも、と人づてに紹介されたところだった。

なので、感慨を持って行ってみると、設備も概観も古く、
人件費の削減から教員が辞めてもそのコマは客員講師で埋めて、
専任を取らないとの話だった。

お客さん、つまり学生の応募は定員割れ、研究室は閉まったまま、
つまりこれは

シャッター商店街exclamation&questionあせあせ(飛び散る汗)


そのものだった。

 

高等教育レベルでも、二極化はしっかり進んでいる。
ボブ・グリーンだったらこれをどう書くペンのだろうか?

 

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