ja

その他関連情報

荒川教授の「とりあえず日本語」ブログ
第9回 チョッキ型カタカナ語って?


日本語の乱れを言うときに、真っ先に取り上げられるのは
カタカナ語の増加
だろう。

21世紀の社会には、「モデム」「ネグレクト」など、
昔には存在しなかったような物品や概念が多く出てきている。
これらは日本語に訳しにくいが、どんなカタカナ語でも日本語では

■名詞(例 テニス)テニス
■ナ形容詞(例 インターナショナルな)
■スル動詞(例 クリックする)

この3品詞のどれかに入れてしまうから、文法体系までは破壊しない。

それでも、カタカナ語が多いと文が読みにくくなることはあるし、
乱れとまでは言わなくても、
過去と比べての日本語の「顕著な変化」であることには間違いない。
カタカナ語の増加には、まだ理由がある。
それは日本語全体として、外来語の摂取が
意味重視より音重視
に傾いていることだ。

たとえば computer という新しい機械を日本語に取り入れるとき、
compute は「計算する」
-er は「~する人・~するもの」
という理屈で「計算機」(あるいは電算機)とするのが意味重視
逆に
computer という単語の音を日本語の音韻に合わせて
コンピューター
と近いものを選び、カタカナ語で書けばそれが音重視になる。
意味重視のほうは日本語にある語から選択するので分かりやすいが、
その分、訳す人の好みや美学が反映されることがあり、
たとえば映画カチンコでは

The Way We Were が「追憶」
Lovers and the Strangers が「ふたりの誓い」

などと訳されている。
訳と言うよりはコピーライティングの世界で、
これらの映画も今公開されたら音重視が優先されるから

ザ・ウェイ・ウィー・ワー
ラヴァーズ・アンド・ストレンジャーズ

といった題になることだろう(ついでに書くと音重視でも冠詞 theや
接辞 -sなどは省略されることが多い)。

意味重視はすぐに理解できるから便利だけど、
今の時代のように、外国とコミュニケーションする機会が飛躍的に増えると、
通じ合わないことも多く、かえって不便なことも多い。
Computer に「電脳」という卓越した訳語を与え、
漢字を使って意味重視を実践してきた中国でも、最近は音重視だと聞いた。

たとえばトヨタ・カローラは、かつては意味重視で「花冠」として売っていたが、
今では「●羅拉」(●は出ない字)でKa Luo La と音重視に転じているらしい。

ただし、日本語には意味重視・音重視をあわせた、第3の方法もある。
それは、外来語っぽい音を選びつつ、意味も推測させる
という、曖昧志向のこの国に相応しい取り込み方ひらめきだ。
たとえば vest は、今でこそ
ベスト
と、音重視の語だが、かつてはご存知の通り
チョッキ
と呼んでいた。

チョッキはカタカナ表記だし、
小さい「ャュョ」の音や詰まる音(ッ)があるので外来語っぽいが、
その意味はセーターほど体を覆わず、ちょっと着るのに良い
からだという。
同じくチョッキ型の傑作として
チャック(=fastener) がある。

これは巾着(きんchakkuちゃく)の後の音を取ったそうだが、
確かにファスナーは2つの布地を「つける(着ける)」ものだから意味的にも悪くない。
それにチャックは人名でも近い音、つまり Chuck があるから、
外来語っぽさは十分に残っている。
ついでにもうひとつ発見した。
「着」という字の上の部分は、ファスナーそのものにも、ちょっと似ている。あせあせ(飛び散る汗)

 

荒川先生プロフィール