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荒川教授の「とりあえず日本語」ブログ
第13回 見られる先生


教員の仕事の特徴は
「自分は知らないが相手は自分を知ってる」
という学生が町中に散らばっていることだ。

教室いすで教える学生の顔と名前は一致するけど、
もちろんキャンパスを歩く全員が分かるわけではない。
だから意外なところで声をかけられたり、あとで教えられたりする。

このあいだもドイツ語学をやっている大学院生から

-阿佐ヶ谷で自転車乗ってましたね。

と、言われたし(乗ってた)、シンガポールの留学生からも

-南浦和の居酒屋ビールで騒いでたでしょう。

と、言われたたらーっ(汗)(騒いでません、別人です)。

ということで教員としての僕の目下の課題に
通勤電車電車では何を読む本べきか?
がある。

学生というのは、教壇を降りた教員の挙動を面白がるものだ。ふらふら
僕自身も高校生の時、数学の先生の後をつけて歩き、
その先生がパチンコ店に入っていくのを見て、喜んだ記憶がある。
その経験があるから、自分を見かけた学生たちが

-あの先生、何を読んでるのかな?

と、好奇の目を向けることは簡単に想像できる。

言語学や日本語教育の専門書だったら、当たりさわりがないように見える。
でも院生じゃあるまいし、電車の中まで勉強しているのは、勉強不足にも映る。
まして必死で読んでいたりすると、
次の授業の予習か何かを電車でしているように見えるので、これもちょっと避けたい。
かといって大好きなハードボイルドや歴史小説では、遊んでいるように見えるから、
これもあまり良いものではない。
結局、いまはペーパーバックに落ち着いた。

ペーパーバックだったら、いちおう外国語大学の先生っぽいし(情けない)、
同じハードボイルドを読むのでも、背表紙に露骨に
ポットショットの銃弾
とか書いてあるよりは、遠目には分からないし、まあいいか、と思う。

ところがこれも最近、問題があることが判明した。

実は、外語大がある西武多摩川線の駅にはアメリカン・スクールがあり、
朝はそこの生徒たちと乗り合わせる電車ことが多い。
この生徒たちが隣に座ると、間違いなく僕のペーパーバックを横目目で見る。
見るだけじゃなくて、ちゃんと読む。
すると、なにしろアメリカ人はじめ、英語が母語の子どもたちなので、
読むスピードが僕なんかよりずっと速い。

自分が見開きページの左中段あたりを読んでいるのに、
横目で見ているのにあちらは、もう読み終えていたりする。
それだけでなく、生徒によっては

-早く次のページめくれよ、オイ。

と思っているような気配があり、ついそれに負けてしまい、
自分はロクに読み終えてないのに次のページをめくってしまう。
めくったところで、また同じことが起きてしまう。

このあいだはヒスパニック系の女の子が隣に座ったのだが、
またまた僕のスピードよりも速く読み終え、
さらには見開きページのどこかに目を留めて、クスっとわーい(嬉しい顔)笑った。
そこは私立探偵スペンサーが人質をどう奪還するか相棒と話しているシーン
だったので、笑う場面ではなかったように思う。
しかし笑わないと読解力がないように思われてしまうので(妄想)、つい

-フフン(外国人調に)。

と、意味もなく笑ったりして、これでは
楽しむためにペーパーバックを読んでいるのか
アメリカンスクールの生徒に伍していくためにページをめくっているのか

よく分からなくなって、止めてしまった。

誰かに見られているんじゃないか、本の題名を読まれているんじゃないか
なんて気にしなければいいんだけど、
そのへんが器の小さいところだ。
それに自分自身がそういう学生だったから、性分というのはなかなか直らない。


5,6年前に当時の副学長と車内で出くわしたことがあるけど、悪びれもせず
『漫画サンデー』
を広げてページをめくっていた。

それはそれで感心した覚えがあるが、なかなかあそこまでは割り切れないものだダッシュ(走り出すさま)

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