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特別連載 日本語教科書活用講座36 /多文化クラスで『みんなの日本語』を活用するために求められる教師の授業技術
-学生の協働学習力・対話力の育成を目指して-

東京富士語学院 倉八順子



多文化クラスの教室で求められる『協働学習力』『対話力』


スマホの普及は独学での語学学習を可能にし、語学学習を多文化の人にひらくことに大きく貢献しました。その一方で、他者と協働し合う『協働学習力』、対面で向き合って情報を伝える『対話力』を、授業空間で育てていかなければならないという新たな課題をもたらしました。

2012年以降、日本語学校は新たな留学生の獲得を目指して努力を重ねた結果、ベトナム、ネパール、ミャンマー、スリランカ、ウズベキスタンなどからの留学生が増加し、日本語学校の教室は「多文化クラス」となりました。多文化クラスでは、言語学習観の違う学生、学校文化の違う学生が一緒に学習することになります。かれ/彼女たちに日本語力をつけていくには、その基礎となる、他者と協働し合って学ぶ『協働学習力』、多様な他者と対面で向き合って情報を伝える『対話力』の育成が必要になります。


多文化クラスでの『みんなの日本語 初級』活用の留意点


多くの教師・学習者に活用される市販の初級教科書は、あらゆる読者を想定した普遍性・汎用性を備えているため語彙・文型も普遍性・汎用性を満たすように多くなっています。教師の仕事は普遍性・汎用性を備えた市販の初級教科書を、今ここの学習者に合わせて特化させる、すなわち、今ここの学習者のために語彙・文型を選択し、今ここの学習者の学習目的に合わせて活用していくことです。

『みんなの日本語 初級』も普遍性・汎用性を備えており、1998年の刊行以来、多くの日本語学校で教科書として使われ、ミラーさんの誕生日には世界中から「誕生日おめでとう!」のメールが届くほど愛されてきました。その理由は、

1.練習Aで示される文型積み上げ方式の骨組みが明確なこと
2.『翻訳・文法解説』が充実し12か国語に翻訳されていること
3.各課の文型を使ったcan-do目標(機能)が明確なこと
 (『教え方の手引き』学習目標「できるようになること」に書かれています)
4.文型のもつ機能を考慮した談話文が日常表現とともに「例文」で示されていること
5.「復習」でアチーブメントが確認できること


にあると考えます。

進学希望の日本語学校の留学生、特に非漢字圏の留学生に、『みんなの日本語初級』を活用するための教師の仕事は、以下の3点です。まず、この文型の導入・練習を留学生の使用場面に合わせたものにすることです。例えば、30課の「~ておきます」の導入・練習では、「試験のまえに何をしておきますか」「専門学校を受けるまえに、何をしておきますか」などにすることです。

次に、『みんなの日本語 初級Ⅰ』、『同 初級Ⅱ』に出てくる約2000の語彙のうち、かれ/彼女たちの使用語彙はどれか、理解語彙はどれか、必要ない語彙はどれかを整理することです。この段階での使用語彙は500程度で十分です。500であれば一日5つ(5×100日=500)の語彙を確実に覚えればいいことになります。

最後に、これが重要なことですが、『みんなの日本語 初級Ⅰ』の80、『同 初級Ⅱ』の71、計151の文型のうち、かれ/彼女たちが最優先して学ばなければならない文型はどれなのかを整理することです。1機能1文型であれば、この文型数は3分の2程度に減らすことができ、学習者の負担感も少なくなります。

1機能1文型について説明します。例えば、条件(1機能)を表す文型は初級で4つ(4文型)出てきます。「と」(23課)、「たら」(25課)、「ば」(35課)、「なら」(35課)です。「なら」が表す条件の意味は「と」「ば」「たら」とは違うので別にすると、「と」「ば」「たら」のうち、コーパス研究の結果、最も使用範囲が広く、使用頻度が高いとされる「たら」を使用文型とするということです(これについては庵(2016)のp.78参照)。

進学を目的としている多様な文化的背景を持つ非漢字圏の学生たちを指導する教師には、『みんなの日本語』の骨組みを使って、優先する文型で骨太にし、優先する語彙を選び、付け加え、スリム化していく力が求められます。


多文化クラスでの実践例


ゼロスタートで始まった、ベトナム人12人、ネパール人5人、中国人3人、計20人の多文化クラスでの実践例を報告します。この20人の学生たちはその多くが外国語習得の経験を持たない学生たちでした。このような学生たちには、語彙をスリム化し学習の負担感を軽減し、授業を構造化しスモールステップで進む方法が有効です。具体的には、まず、文型読み。これは100の文型を東京富士語学院バージョンに変え、授業の最初の10分で徹底して行いました。

次に、各課の文型の導入と練習は7つに厳選しました。7というのはミラー(ミラーさんではありません!)の「magical number7±2」で、短期記憶の容量です。7つなら暗記が苦手な学生たちも覚えることができます。7つというのは、例えば18課の辞書形の場所可能であれば、「東京富士語学院で(場所)なにができますか(可能)。」(答え:友だちに会うことができます。アルバイトをみつけることができます。スカイツリーを見ることができます。など)の東京富士語学院の部分を7つに変える、例えばコンビニ、郵便局、銀行、百円ショップ、押上駅、自動販売機、東京スカイツリーなどです。これらは学生にとって日々利用する身近なものです。この練習はみんなの日本語の「練習C」の「意味に主眼をおいた練習」と、「練習B」の「正確さに主眼をおいた練習」を合わせた「フォーカス・オン・フォーム」の考え方を取り入れたものです。

全員で言った後は個別に、いつも同じ順番で答えます。こうすることで、情意フィルターを下げ、語学が苦手と感じているかれ/彼女たちに安心した空間を作ることができます。
そのあと「練習A」で文型を確認し、「例文」へと進みました。「例文」の文も東京富士語学院バージョンに変えました。最後は各課のテスト。しかし、テストになると他の人のテストを見る学生もいました。違いを認めたうえで、日本のルールを説明し、見ないように机の環境も整えました。

このような方法で授業をスリム化し、ルールを徹底して、2日半で1課のペースで、3か月で25課を終え、次の2か月で37課受身形まで進みました。しかし、可能形(27課)、自動詞・他動詞(29課・30課)、意向形(31課)、命令形・禁止形(33課)、条件形(35課)、受身形(37課)と進むにつれて学生は混乱し、教室の空間は暗くなっていきました。物が主語になる「非情の受身」はネパールの学生たち、ベトナム人の学生たちは母語でも使ったことがなく、まさに「非情」で、「非常」な授業となってしまいました。


37課ショック!さらなるスリム化とスパイラル学習


37課のテストの結果は惨憺たるものでした。学生も私も大きなショックを受けました。「先生!! わからない!!」という叫びの声と歪んだ表情。あの叫びと表情に接した私は週末を悩み抜き、もう一度14課の「て形」から再スタートすることにしました。14課「て形」から再スタートした理由は、「て形」が活用の基本であり、16課「辞書形」、17課「ない形」、19課「た形」、27課「可能形」、31課「意向形」、33課「命令形」「禁止形」、35課「条件形」、37課「受身形」、48課「使役形」、49課「尊敬形」と初級で扱われる12のフォームの出発点だからです。

日本語学習の最初の「試金石」ともいえる「て形」のマスタリー・ラーニングは、学習者にとってのbreakthrough(飛躍へのきっかけ)となります。学習者は自信を得て、日本語学習への不安が減少し、情意フィルターが下がり、その後の学びへと飛翔していきます。つまり、て形のマスタリー・ラーニングで学習者は学習初期の不安を乗り越え、日本語学習に動機づけられていくことになります。さらに、再スタートをマスタリー・ラーニングとするために、テストは1課ごと(それまでは2課ごと)にし、授業で扱った語彙・表現だけから作成した完全なアチーブメントテストにすることにしました。

14課からの再スタートは、学生たちに「これならできる!」という自己効力感をもたらしました。何よりも、教師と学生の間に、この困難な状況に立ち向かおうという信頼関係に基づいた一体感ができました。この試みで私は大きな気づきを与えられました。それは、『スパイラルな学習の効果』です。例えば、前述の18課の辞書形の場所可能であれば、同じ質問を聞いても、「~たり~たり」(19課)を使って、「日本語を勉強したり、友だちに会ったりすることができます」、22課の「名詞修飾」と24課の「授受表現」を使って「間違ったテストを直してもらうことができます」、32課の「かもしれない」(可能性表現)を使って「アルバイトをみつけることができるかもしれません」というように、より機能的な表現ができるようになります。

授業で扱った語彙・表現だけから作成した完全なアチーブメントテストは、かれ/彼女たちの自己効力感を高め、学習空間を明るいものに変えていきました。こうして9か月で45課まで進みました。多文化クラスでは初級は45課までと考えています。非漢字圏の留学生がこの段階で、「~たところです」と「ばかりです」の使い分け(46課)、推測の「ようです」(47課)、「使役」(48課)、「尊敬」(49課)、「謙譲」(50課)を使うコミュニケーション場面は少ないと考えるからです。これらは、その後に続く教科書『中級へ行こう』で取り組みます。


『対話力』への可能性をひらく「例文」の活用


スパイラルな協働学習を通して「学習」は達成されました。「学習」により日本語能力試験の合格はある程度可能になるかもしれません。しかし、日本語学習の目的は日本語能力試験の合格にあるわけではありません。実際に日本語を使用して対話を行っていく「習得」にあります。したがって、次の課題は「学習」をどう「習得」につなげるか、すなわち「対面の他者との機能を果たすことができる『対話力』を育成するか」です。言い換えれば、どうやって「クラスを対話の空間にするか」です。

多文化クラスでは、生活文化の違い、言葉の違いが「対話」を生むことを私はこれまでの実践で経験してきました。その経験を活かして、『中級へ行こう』で文型を増やしながら、「場面シラバス」を用いた談話練習に『みんなの日本語 初級』各課の「例文」を活用した東京富士語学院バージョンの会話教材を作成しました。この場面シラバスの考え方は庵監修(2010)を参考にしました。

第1回は、食文化に関する『おなかがすきました』でした。かれ/彼女たちが、授業の休み時間にいつも食べているものをうれしそうに語る姿が印象的でした。

      「みさなん、日本のどんな食べ物が好きですか。」
学生たち   「カップメン!パン!からあげ!ぎゅうにく!とりにく!さかな!」
ベトナムの学生「先生!さかなはベトナムごで、カ!ネパールご、なんですか?」
ネパールの学生「ネパールごではマッチャです!」
学生たち   「マッチャ?」
ベトナムの学生「先生!にほんのぎゅうにくおいしい!ちょっとたかい」
ネパールの学生「先生。(絵をかいて)このどうぶつなんですか。」
      「あ、それは、らくだです!」
ネパールの学生「先生、ネパールらくだのにく、たべますよ。」
ベトナムの学生「え! おいしいですか。」
ネパールの学生「ちょっとかたいです。でもおいしいです」
中国の学生  「ちゅうごく、なんでもたべる」
学生たち   (爆笑)


こんな「対話」が続きました。かれ/彼女たちが、他者の文化に興味をもち、「対話」し合う姿は、私に強い印象を残しました。1年たって、こんなに「対話」できるようになったのだと。

第2回『わたしのプロフィール』
第3回『わたしの一日』と進み
第4回は『まちのじょうほういろいろ』

でした。1年通い続けている学校の周りの地域に興味をもたせ、地域との「多文化共生」の姿勢を育んでいくことがこのコミュニケーション活動のねらいです。コミュニケーションタスクは、
1.お店の絵を見て名前がすぐ言える(学習から習得へ)
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2.『みんなの日本語 初級』の第10課「あります」を場面に応じて使えるようになる
3.第18課「ことができます」を場面に応じて使えるようになる、です。
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その後、学校の周りのマップを作成し、それについて自由に会話をしました。そして最後に、周りにある名所、旧跡について触れました。この活動の最後にはこんな「対話」が生まれました。

ネパールの学生 「先生!はつもうで、あさくさいきました。たのしかったです。」
ベトナムの学生 「先生!こうがいがくしゅう、ふじさんいきました。きれいね。たのしかったです。こんどどこいきまっか。」
       「年末パーティで女性センター行きますよ。」
学生たち    「じょせいセンター?」
       「4月に入学式したところです。」
ベトナムの学生 「そうじゃないです。せんせい、ほっかいどういきたいです。わたしたち、いっしょ、もういちねんです。」
       「北海道、みんな行きたいですか。」
学生たち    「いきたいです!!せんせい、いついきますか?」 


『みんなの日本語 初級』を学習した後の「対話」の活動は、多文化クラスの学生たちに、「対話」をとおして多文化に興味をもち、多文化に開かれていく姿勢を育んでいます。私は、これからも「『みんなの日本語 初級』を活用して多文化クラスに適した教材を作ることで多文化クラスの学生たちに『多文化共生』の姿勢を育んでいける」というビリーフをもって、学生たちと共に、一歩ずつ、取り組んでいこうと思います。

参考文献
庵功雄監修(2010)『にほんごこれだけ!1』ココ出版
庵功雄(2016)『やさしい日本語』岩波新書