特別連載 日本語教科書活用講座⑰ /非漢字圏学習者、初級日本語クラスでの工夫 ベトナム人学習者を例に 非漢字圏学習者、初級日本語クラスでの工夫 ベトナム人学習者を例に

東京語文学院日本語センター 専任講師 生方恭子


初級日本語クラス、非漢字学習者を迎えての現状


当校ではベトナム人学習者が2013年1月に15名、4月に40名、7月に30名程入学し、漢字圏の学習者と人数が逆転しました。今年1月にも30名程入学し、ベトナム人を主としたクラスが現在8クラス、主に専門学校や大学進学を目標としています。

当校での非漢字圏クラスは初めてだったため、スリーエーネットワークの勉強会で校外の先生方にいろいろなご意見を伺ったり、校内の先生方にご協力いただきながら、試行錯誤しながらやっと1年が過ぎたところです。


工夫その1 卒業までの予定と進度を提示


漢字圏の学習者は文字を書いて覚える習慣があり、ひらがなカタカナの習得も速く、漢字の読み方がわからなくても意味がわかるため文字学習にそれほど日数を要しないのに比べ、非漢字圏の学習者は、ひらがなカタカナ漢字を見ても同じような図形にしか見えないようで、文字の習得に時間がかかります。

また、日本留学試験、日本語能力試験では聴解、読解が重視される傾向にあるため、特に読解に関しては非漢字圏の学習者の場合、漢字がわからなければ文意がとれないという状況になります。
そのためさらに漢字学習に時間がかかり、漢字圏の学習者に比べてどうしても進度が遅くなってしまいます。そのような現状を踏まえた上で、学習者自身の進学や試験への意識付け、自分がどの過程にいるか自覚することを目的に、進度の目安として以下の表を各教室に貼り出し、各学生に配付、説明しました。

その結果、意識の高い学習者は試験対策や進学先の情報について質問してくるようになりました。のんびりと構えていた学習者も、進学までにしなければいけないことを理解したようです。



工夫その2

 

1)入門期


冊子を作成し、ベトナム語訳をつけて5~7日程学習します。
冊子の内容は、ひらがなカタカナ一覧表、あいさつ、尋ねる言葉、お金、時間、学校の電話番号と住所、緊急時の言い方と、教室の言葉、自己紹介、買い物、欠席連絡のミニ会話等を学習します。まずは日本語に慣れることを目的としており、実際に学生を店に連れて行き買い物をした時は、単語ながらも言葉が通じたという達成感を持つことができたようです。この時期にひらがな、カタカナの学習も始めます。ひらがなとカタカナの学習には10~15日ほどかけます。

2)『みんなの日本語初級』へ


①『みんなの日本語初級本冊』 発話量と語彙学習に重点を。
漢字圏の学習者と違う点は、より発話を多くすること、語彙の復習を毎日する点です。

また、課の終わりには文法チェックシート(『みんなの日本語初級 書いて覚える文型練習帳』)で何を学習したか全員で確認し、さらに『〃標準問題集』も利用しています。学習する文型は、その課の重要文型のみで、他の用法やそれに関連する「練習C」を割愛するクラスや、語彙テストを実施しているクラスもあります。

本冊の「文型」にあるものは全て重要ですが、他の言い方で代用できるもの、学習者が生活上あまり使用しないものやフレーズで覚えればいいもの(例えば11課「助数詞」、15課「住んでいます」、「知っています」、21課「~でしょう?」、22課「連体修飾」、26課「~んです」、36課「~ようにしてください」、41課「~してくださいませんか」等)は、理解にとどめる程度でいいかと思います。

当校の場合、漢字圏クラスは1課あたり2~2.5日なのに比べ、非漢字圏クラスは漢字学習やディクテーションなどに1コマ程かけているため、本冊Ⅰでは1課あたり3日、Ⅱでは4日かかる場合があります。クラスによっては3課終わるころには2週間以上かかってしまう場合もあるため、アチーブメントテストは漢字圏では3課ごとにルビ無しで実施していますが、非漢字圏では2課ごとに総ルビで実施しています。

また、漢字圏の場合は『Ⅰ』、『Ⅱ』を6~8カ月で学習、非漢字圏の場合は10~11カ月程で学習し、それぞれの修了時には修了テストを実施しています。漢字圏はルビ無し、非漢字圏はルビ付きですが、修了テストの問題を漢字圏、非漢字圏クラスとも同じ問題にしたところ、どの構成のクラスでも、ある程度客観的に定着度が測れるようになったと思います。


②漢字 時間をかける、声にする。読めること慣れることを目標に。
『みんなの日本語初級 漢字練習帳』Ⅰ、Ⅱを本冊の4、5課あたりから導入しています。導入に2日、読む練習、書く練習、テストを各1日で進めています。フラッシュカードでのコーラスや読む練習の音読をし、書けることより、読めることと漢字に慣れることを重視しています。テストは20問(読み15問、書き5問)ですが、クラスによっては出題される漢字を前日に練習する場合もあります。

「漢字は難しい」といった苦手意識が非常に強いので、導入時には、どんなひらがなやカタカナが隠れているかパズル感覚で考えさせたり、画数を教えてどこからどうやって書くか、みんなで考え、空書きさせてから実際に書かせたりしています。また、漢字に対応するベトナム語も教えています。これは、習った漢字で構成されていれば、未習の漢語でも意味を類推できるようになることを期待しています。

当校では、これから初中級に進む学生が主ですが、習得が速い学生はその傾向が少しずつ出てきているようです。


③読解 『みんなの日本語初級 初級で読めるトピック25』を利用
未習語彙は全てベトナム語訳をつけ『みんなの日本語初級 初級で読めるトピック25』を利用しています。『みんなの日本語初級Ⅰ 初級で読めるトピック25』は本冊の進度より2~5課遅れた課を読むようにしています。この方法だと本冊での既習文型や語彙の確認ができ、学生も比較的スムーズに読めるようです。

また、漢字練習帳で学習した漢字はルビを消して読み、漢字の復習としても利用しています。『〃Ⅱ』になると文章量が増え、ついてこられない学習者も出てくるので、N5、N4レベルの問題を読むクラスもあります。


④その他
10mm方眼ノート(中線入り)を配付しています。これは文字のバランス、促音、拗音、句読点等の意識付けや、将来的には作文、日本留学試験の筆記、志望理由書などを、マス目にきれいに正確に書くために使用しています。
ノートには毎日、語彙、既習文型のディクテーションを本冊の「練習B」からいくつか抜粋したり、「問題1」を口頭で答えた後に質問、答えともに書かせています。最初は文字を1マスに書けない学生も多いですが、毎日続けるうちに徐々にマス目にも慣れ、書く速度が速くなり、特殊音なども正確に書けるようになってきました。

ノートを利用することで、学生は復習でき、教師も学習者の間違いやすいところや癖を把握するのに役立てているようです。



日々試行錯誤の連続ですが、一人でも多くの非漢字圏の学習者がそれぞれ自己実現、または自己実現に近づけるように、更に勉強していきたいと思っています。

読んでくださった方々に少しでもお役に立てたなら幸いです。

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