特別連載 日本語教科書活用講座34 /『はじめて学ぶ介護の日本語 基本のことば』を使った授業の一例 ―学習者を飽きさせない語彙練習の行い方―

東京成徳大学/大原学園 非常勤講師 堀内貴子
大原学園 非常勤講師 西己加子



1.はじめに
2008年からEPAにより外国人の介護福祉士候補生が来日し、日本語教育に「介護の日本語」と呼ばれる分野がスタートしました。
多くの日本語教師が、初めての「介護の日本語」に右往左往し、教材もないまま、手探りで授業を行っていました。

2017年には、在留資格「介護」が新設され、また、在留資格「技能実習」に介護分野が加わります。
今後、日本での就労を目指し、福祉系の大学や専門学校へ進学する留学生、技能実習生向けの「介護の日本語」教育の需要が高まるとともに、「介護の日本語」を指導する「教員」、そして教えるための「教材」は益々重要になっていくことでしょう。


2.コース内容と教材について
私達が行っている介護の日本語教育の例をご紹介します。1.で述べたような状況を踏まえ、大原学園では1年間の介護の日本語教育を行う「ビジネス日本語(介護福祉士進学)コース」が開設されています。
これはいわば「ブリッジ教育」ともいうべきもので、留学生が高等教育機関に進学してもつまずかないように、予め基礎的な介護の関連語彙やコミュニケーション力を身に付けることを目的とし、介護の日本語の授業を行っています。
この介護の日本語のカリキュラムは、外国人介護福祉士(日本で働く外国人介護福祉士の現状)、専門日本語表現(介護関連語彙)、コミュニケーション、日本事情、国家試験入門講義の5領域からなり、専門課程での学習に対応できる力をつけます。

『はじめて学ぶ介護の日本語 基本のことば』は、本コースにおける語彙指導の積み重ねによって生まれた教材です。


3.授業の進め方
語彙の授業となると、ときに単調でつまらないとイメージされがちですが、スライド(パワーポイントなど)を利用したり、学習者のアウトプットの機会を多く設けたりすることで「テンポよく、効率よく、飽きさせない」授業を展開することができます。
また、単語の意味を覚えるだけでなく、どんな場面でそのことばが使われるのか意識し、介護という仕事のイメージをつかめるよう、授業を行うことも重要です。

ここでは、以上のポイントを踏まえ、具体的な授業の進め方をご紹介します。

私達の介護の日本語の授業は1コマ45分で、4コマの授業を週に4日(計16コマ)行っております。
語彙は1日の授業のうちの2コマの時間を費やし、30語程度を扱います。テキストでいえば、3ページ程度進めています。
これは非漢字圏を含む、N3レベルの学習者の場合です。学習者の母語(漢字圏、非漢字圏)によって、また日本語力の違い(N3、N2、N1)によって取り扱う語彙数は変えて行っています。
テキストのxページにも「学習の進め方(例)」が載っていますので、参考にしてください。


(1)教師の準備
まず、授業で使用するスライドを用意しましょう。
(スライド、福祉器具の写真など、補助教材利用のお申し込みはこちらから→『はじめて学ぶ介護の日本語 基本のことば』教師向けサポート資料

最初に、「読みの確認」をするフラッシュカード状のスライドがあります。
原則として、1枚に1語ですがテキストで同義関係や対義関係を示していることばは、一目でわかるようまとめてあります。

次に、ことばの特徴(同義関係・対義関係の語、共起表現)を確認するスライドがあります。
こちらは、クイズ形式で、空欄になっている部分に当てはまることばを、答えてもらうようにできています。
ぜひ授業で、活用してみてください。スライド利用の例については(3)、(5)でご紹介します。
読みの確認用スライドことばの特徴の確認用スライド


(2)予習
学習者には予習を課しています。予習内容は、教師から指定されたページの語彙について、読み方と意味を確認することです。
テキストの語彙には、読み方と英語、中国語、ベトナム語、インドネシア語の翻訳がついていますので、それを読んで、理解して、授業に臨みます。

テキスト147ページ
(画像クリックで拡大)


(3)スライドで読み方の確認
授業のスタートは、スライドによる読みの確認です。
まずは、「読みの確認用スライド」を使って一度通しで、フラッシュカードのようにテンポよく読ませます。これを行うことで、予習の確認をします。
そして、一度読ませたあと、教師のリピートで再度読みながら、発音が不明瞭だったり、アクセントが間違っていたりするものを修正します。その後、様子を見て、読みの練習や確認を続けます。
(授業例を動画で配信しています。視聴はこちらから→『はじめて学ぶ介護の日本語 基本のことば』教師向けサポート資料


(4)意味と共起表現(よく一緒に使われることば)、例文の確認
正しい読み方を身につけたら、ここでは、テキストを開かせ、語彙の意味を確認します。
学習者は予習の段階で、訳で意味が理解できています。それを、簡単な日本語で説明させます。

例えば、教師が「『消化』の意味は?」という問いかけをし、学習は「食べ物の形が胃の中でなくなり、栄養になること」などと答えます。そして、テキストを見ながら、語彙を学ぶ際に重要な共起表現を確認します。
ここまで進めたら、教師からの問いかけに共起表現込みで答える形で語彙運用(短文作成)の意識づけをします。

例えば、「消化+がいい」(共起表現込み)の例で言うと、教師は「どんな食べ物が消化がいい?」や「どんなときに消化がいい食べ物を食べる?」と問いかけをし、学習者に「◯◯は消化がいいです」や「体調を崩しているときは、消化がいい食べ物を食べます」などと答えさせ、産出を意識させます。

学習者には「語彙を覚えるだけでは意味がない。共起表現も必ずセットで覚えること」と常に伝え、ことばのインプットから、必ず文でのアウトプットにつなげます。
また、ここでは、例文を読んで意味を確認することも重要です。
テキストの例文には介護場面で耳にするようなものばかりが取り上げられています。読むことで介護場面のイメージをつくってもらいます。


(5)スライドでことばの特徴の確認
次に、「ことばの特徴の確認用スライド」を使って、同義語・対義語と、共起表現についての復習を行います。
(3)の「読み」の確認と同様に、学習者を「テンポよく、リズムよく、飽きさせない」ように行います。
見出し語をみて、共起表現がポンポンと出るように促します。


(6)短文作成
最後に、本日の授業範囲から語彙を抜粋し、学習者に口頭で短文作成をしてもらいます。
すでに(4)のところで、語彙の運用練習を行っているので、この作業は学習者にとって、それほど負担にはならないでしょう。
語彙と共起表現を中心とし、既習語彙、既習文型を使い、複文にすることを促すと良いでしょう。


(7)小テスト
翌日(次回)の授業の最初に、前回の授業について、3種類の問題の入った小テストを行います。
まず、ディクテーションです。前回学習したことばを使った短文をナチュラルスピードで聴かせます。
学習者はただ音を聞くのではなく、きちんと語彙の意味を理解し、文脈を理解した上で書きとるようにします。

次に短文作成をします。それぞれの語彙の共起表現を意識しながら、短文を作成します。最後に、語彙定着問題(共起表現の確認問題)です。
文脈を読み取り、前後のことばをヒントにして、ブランクになっている部分に入る語を考えます。

回収後、テストは教師が採点をし、その後フィードバックと返却を行います。
採点では、誤答部分にただ教師が正答を与えるということはしません。下線を引いたり、正答につながるような質問を投げかけたりし、学習者が自分で間違いに気づき、修正が行えるようにするのが重要です。


小テスト
(画像クリックで拡大)


フィードバックでは、誤答が多かったり、重要なポイントが間違っていたりするものについて、板書やスライドを活用し、クラス全体で正答を確認します。
教師の助けを借りながら、何が間違っているのか、どう修正したらいいのかを学習者自身に考えさせ、説明してもらうようにするとよいでしょう。
クラス全体で修正ポイントを共有することは、間違えた学習者はもちろん、その他の学習者にとっても、復習するのに有効な方法です。個々人の誤答については、各自で改めてテストを見直してもらいます。

最後に修正したテストは教師が再度確認を行います。このようにフィードバックと確認を行うことで、語彙の定着につながります。


4.おわりに
ここまで、一つ一つ流れを追って授業の展開をご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。

大切なのは、「テンポよく、効率よく、飽きさせない」授業、そして、必ずインプットしたものはアウトプットしてみるということです。「語彙」の授業となると、単調で飽きやすいものになりがちだと思われますが、スライドを使用し、テンポよく進めること、学んだことを必ずアウトプットできるように質問を投げかけたり、短文作成をさせたりすることで、それは解決できます。

学習者は学校で学ぶ方もいれば、すでに介護現場で働いている方もいるでしょう。日本語のレベルも様々です。
皆様がそれぞれの学習者に合わせて、指導法を工夫しながら、よりよい授業を作り上げるために、私達の授業例が役に立ちましたら、うれしく思います。

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